Fukuda Blog No.2  2012.2~2013.6

Classic Repair

2013/06/24

うちの店はノーズやテールにウッドや樹脂のブロックを入れる修理やチューニングの注文が多い。古くなったボードなどレッドウッドやバルサのピースを入れると そのボードが一段とクラシックに見える。レールやノーズの他にレールのサイドに大きな傷があるとフォームを入れカットした修理が一般的だが 私はウッドを入れカットした修理をやる事がある。 これも出来上がると またフインキがあって良いロングボードの修理のひとつだ。 この方法は昔ハワイで始めてみて どうしてこんな修理をするのか すごくカッコいいと思い その仕事をしたひとの所に連れて行ってもらった。 そのおじさんはサーファーではなく ウッドフィンやストリンガーの加工をしているひとで 昔は船員だったがハワイが気に入り住んでしまったという。 どうしてウッドブロックを入れるんですか?と訪ねると 自分の周りにフォームがないのでフィンなどを作って余ったレッドウッドなどを適当にベントしてフォームの変わりに入れたんだよと答えた。 それにしても その発想に驚いたのとアーティスティックな仕上がりに感心した。そして自分がこういう仕事を始めた初期の頃 自分でもやってみて お客さんに喜ばれたので現在でも続けている。 テールやノーズがガビガビになったロングボードを持っていたらぜひやってみて下さい。

スレンダー美人

2013/06/12

先日ステキな女性サーファーに会った。何回か会った事があり 面識はあるがゆっくり話をするのは始めてでした。年齢は30代中頃 話をしている内に60年代のファッションも文化も大好きで 友人のTさんも交えて音楽やら60年代のサーフィンの話で盛り上がり 僕の好きなサーフボードの写真を見せた所 同じボードが欲しいという事になった。ディテールを話し合い 長さは9'2"でコンクリートグリーンのインサイドカラー ロッカーは少なく 重くして フィンはブルーのバナナフィンを固定でと 実に明確なビジョンを持っていました。女性でこんな本格的なロングボードをオーダーする人はめずらしい。僕の好きなボードレプリカなので製作するのがとても楽しみです。

内房

2013/06/01

房総のサーフスポットで外房から内房へ流れる人がずいぶん多くなった。理由は館山道の高速の開通やアクアラインなどでアクセスがよくなった事とロングボードに合ったメローなサイズの波だろう。それにローカルとかいうやからも少なく年配層が多く フインキも和らいでいる。 昔は内房なんてサーフィンができないというのが常識で 僕も二十歳の位の頃サーフィンしたけれど何にもなく 家族連れでにぎわう ごく普通の海水浴場だった。 館山のヨットハーバーの堤防の脇にすごく質の良いグーフィーフッターには最高の波があって 台風のとき外房がクローズアウトした時 2~3フィートのメローなブレイクを楽しんだ。その時 地元の若者がここでもサーフィンできるんだと言って うれしそうに海を見ていたのを覚えている。 1969年の夏 その時の僕のボードはTEDのドジ井坂モデルで 9'8"くらい すごく重たかったが良いボードだった。

 


ウッド

2013/05/30

珍しいボードが修理に入ってきた。20年程前につくられたウッドのロングボード 長さが9フィートで幅23" 重さはフルウッドのわりに軽い11kgくらいである。それはチャンバーのウッドを組合わせたからだろう。フィンもウッドの固定である。シェイプはR.B(リチャード・ブローワー)製作はノースショアウッデイズというディケールが入っていて R.Bのサインも入っている。残念な事にシェイプがクラッシックラインではなく当時の(1985年頃)ハワイのスタイルで ノーズロッカーが強く テール幅も細い。 これだけの細工をしたのだから もっと古い感じのシェイプが欲しかった。でもこれは使用すると良いボードだと思う。(現時点では未使用)ハワイらしいスタイルで大きな波にフィットする様にシェイプされている。 こういう珍しいボードが時に修理に入ってくるのはとても楽しみだ。

トラウマ

2013/05/18

五月は浅草三社祭の季節です。僕は浅草寺のうらに現在でもある浅草寺病院で生まれ浅草で育ったくせにお祭が苦手だ。兄たちは5月になると毎日そわそわしていた程のお祭好きだったが 私は全く興味がなかった。実は小学一年の時に友達と御神輿を見ていたら いきおい余った御神輿が僕たちの所に突っ込んできて 担ぎ棒の先端が友人の手のひらに直撃し手のひらが潰れて血だらけになったのを目の前で見てからトラウマになったのが原因だろうと思っている。幸い友人はその後問題なく元気になったが 僕はその時の光景が今でも目に焼きついてしまっている。実はサーフィンでも同じ様な経験をしている。ボードにクラッシュして血だらけになったサーファー そして自分自身も何度もケガをしたが その後トラウマになった事はない。やはり幼児体験というのは本当に強烈のようだ。子供にサーフィンを教えている…教えようと思っている お父さんお母さんはサーフィンを教える時は充分に考慮してトラウマにならないように子供に接してあげて下さいね。

 

 

2013/05/11

今から15年ほど前に海岸の環境問題について日本で会議があるというので アメリカ代表として4人のサーファーが来日した。到着の日 出川氏の誘いで僕は成田に彼らを一緒に迎えに出かけた。来日メンバーはミッキー・ムニオス ジョイ・キャンベル レラ・サンとパタゴニアの社長のイボン・シュイナードの4人だった。 ミッキーとレラ・サンは面識があったがイボンとジョイ・キャベルは初対面だった。レラ・サンは相変わらず美しく イボン・シュイナードは小柄な さえない印象だった。 ジョイ・キャベルは大柄でたくましく 彫りの深いギリシャ彫刻のような顔で すごく格好良かった。 だがそのジョイはヒコーキの中で拾ったという小さな子供用のカチューシャを頭につけてはしゃいでいた。レラ・サンにキュートで似合っていると言われて ずっとはずさずに つけていたがギリシャ彫刻が子供用のカチューシャという シチュエーションに大笑いした。有名なサーファーなのにジョーク好きで 和やかな人柄にとても好感がもてた。迎えの車をターミナルまで持ってくる間に 私が何か飲物を買ってくるというと 全員「TEA」と答えたので 日本のお茶でいいのかと聞き返すと「もちろん!」と全員がうなずいた。近くにあった自販機に行くと なぜかイボン・シュイナードがついてきて「サントリーのお茶がいい」と銘柄まで指定してきた。そんなブランド名まで知っているなんて この人は生活全ての物をチェックしているんだろう。 なるほど「パタゴニア」の商品の細かいディティールも納得いくなと思いながら 反面ちょっと面倒くさい男だと思ったのも否めません。

スタイル

2013/04/25

6~7前からオーダーされるボードが短くなってきている。以前は9'4"~9'8"くらいのサイズが普通サイズ たまに9'1"~9'3"もあったが そのサイズは女性が多かった。 最近のオーダーの多くは9'1"~9'3"くらいになってきていて以前のように9'6"~10'1"などは昔からのロングボードフリークの人達の好みのサイズになってきた。この傾向はやはり最近の住宅事情や車の中に入れたいなど新しいサーフスタイルなんだろう。ここでひとつ気になっている事を申し上げたい。9'1"~9'3"のサイズだとよく動けると思っているひとが多いようだが それでは本当のロングボードの楽しさはわからない。長くて重くロッカーの少ない 大きなフィンのボードをライダーが自由に動かす。その時のスタイルが格好いいのだ。かんたんに言うと そう 乗りにくい扱いづらいボードを自分のものにするというプロセスがロングボーディングの楽しみなのだ。ライトウェイトのよく動く乗りやすいボードは初心者に任せて 今一度ロングボードライディングの本質を理解して楽しんでほしい。そして自分のスタイルをつくろう。

 


Repair?Remake?

2013/04/18

ノーズテールにブロックを入れたリペアが完成しました。最初は修理という感覚で仕事をしていましたが 作業している内に もはやこれはリメイクに近い作業だと…。完成すると全く違ったボードに生まれ変わり 大変やりがいのある仕事でした。

残念 !?

2013/04/15

30年前サンフランシスコの友人を訪ねて行った時 友人と夕食後 シスコのダウンタウンの坂道を歩いていた。ちょうど「 MIYAKO HOTEL 」の前を通り過ぎようとしていた時に ホテルの中から長身で長髪の真っ白なステージ衣装を着た白人とTシャツとGパンという ごく普通の格好をした二人の男がリムジンに乗ろうとしていた。友人が「あっ!エドガー・ウィンターだ!」と言った。当時エドガー・ウィンターはハードロックのアーティストとして日本でも人気のあったミュージシャンで友人が手に持っていた雑誌を差し出しサインを求めると「 EASY 」と言って快くサインをしてくれた。私はその横にいる白人をどこかで見たことがある人だと思っていたらエドガー・ウィンターが「ビーチボーイズのブライアン・ウィルソンだよ」と紹介してくれた。私は思わず「サーフィンはするんですか?」と訪ねると「子供の頃に 2~3回した事があるよ」と実に興味なさそうに答えた。私がイメージが壊れてがっかりしていると ブライアンが「ボーイもう少し早ければジョンとヨーコに会えたのに」と言った。ジョン・レノンとオノ・ヨーコが一緒にいて ほんの数分前に帰ったとの事だった。 残念!!  何故かその夜はテンションが下がり うれしいんだか残念だか分からない複雑な気持ちの時間を過ごした事を忘れない。

 


29周年

2013/04/04

先月の3月25日にハミルトンは29周年を迎えました。ひとえに皆様のおかげと心より感謝申し上げます。本当にありがとうございます。世間では月日の経つのは早いとよく言いますが 私はこの29年間 実にゆっくり楽しい時間を過ごせたと感じています。思い起こしてみると色々な事がありましたが ひとつ開店当時の印象に残っている出来事をお話しましょう。

開店してしばらくしたある日 店の前に黒い外国ナンバーの高級車が止まったと思ったら中から30前後のスーツ姿の外人が店に入ってきて「ホビー(HOBIE)のサーフボードはありますか?」とかなりアクセントの強いロサンゼルスなまりの英語で聞いてきたので 私は「はい あります。」と店に数本あったホビーのボードを指差しました。彼はうれしそうに9'6"のモデル60'sと9'4"スリーストリンガーのノーズライダーモデルをチェックして すぐに9'6"モデル60'を選んだ。フィンなどをセットすると 彼は「支払いは米ドルでもいいか?」「チェックはダメだけどキャッシュならOK」と私 すると彼はニコッと笑って米ドルで支払ってくれました。ボードは外に止めた車のトランクから毛布とストラップを出して ルーフに毛布をしいてのせ ストラップでボードを固定していた。彼に出身地を尋ねるとカルフォルニアのマンハッタンビーチ出身で同じ高校にチャーリー・クリズナルやスティーブ・スリッケンマイヤーがいたそうだ。彼は外交官になり各国の大使館を転任して 今度マニラから日本にやって来た。帰り際に東京から一番近くてよい波があるのは何処だと聞かれたので ドライブマップにしるしをしてあげた。気が付けばもう30年近く前の出来事だ。彼は今どこで何をしているんだろう…。

Repair

2013/04/03

ノーズテールに大きなダメージを受けたボードの修理です。ノーズテールをウッドで復元して欲しいとの依頼なのでテールは1ピース ノーズは2ピースのブロックを入れて仕上げる予定です。 

2013/03/26

シェープルームが太東に移転します。解体の際に出た積層樹脂のかたまりを欲しい方 お店にきて下されば差し上げますよ。お店の方はもちろん幕張ですので今後ともよろしくお願いいたします。

 

T君ボード

2013/03/23

いよいよT君のクラシックボード製作の開始です。長さ 9'6"で幅 23 1/2" 厚さはセンターが3 5/8"で厚く レールは少しうすいソフトレールでスピードに対応 テールは幅の広いスクエアーテールで仕上げました。 良いシェイプができたと思います。

パートリシェイプ 3

2013/03/22

ラミネート ホットコート サンディングを経て 最後にカットした部分を茶色のピグメントのラインで終了。この後はオーダーした本人がクリアーをかけて バフで仕上げれば完成。さて乗り味はどうでしょう。

パートリシェイプ 2

2013/03/14

前回の作業でテールにバルサブロックを入れラフシェイプが終わったがテール部分のデッキのハクリをはがし テールの厚さを調整してシェイプをする予定 大変な作業だったがとても勉強になった。

GUN Part 2

2013/03/06

先日紹介した 9'10"のエレファントガンの報告がユーザーのK君から届きました。ポイントは飯岡、波のサイズは腰くらいの小波、風は合っていたそうです。まずはパドルがめちゃくちゃ早いと同時にテイクオフも通常のロングボードより早いそうです。ライド感はとにかく早いし安定しているのと以外にノーズライディングも楽しめるそうです。これで波が大きくなったら最高でしょうとの事。ちなみにあんなに細長いアウトラインなのに通常のロングボードに限りなく近いライディング感覚だったそうです。

パート リシェイプ

2013/02/28

ベースとなるボードはクリス・テンセンの10フィートのロング これを短くしたいとの事なのだが ボードが薄く 幅もせまいのでリシェイプは難しい。そこでテールをV型にカットしてバルサ材をグルーアップで取り付け ラインを整えダブルエンダーの8'4"を作る事になり早速作業開始 続きはまたお楽しみって事で

GUN

2013/02/04

本格的なGUNボードのオーダーがあり製作した。まずブランクスは9'9"のパット・ローソンのモールドからストリンガーはスプルスの1/2”で発泡比は高いようでとても硬い。ロッカーに驚いた。ノーズが7 3/8" テールが2 5/8"もあり さすがエレファントガンのブランクスだと感じた。テンプレットは1972年のジミー・ブレアーのサンセットGUNで厚さは8cmくらい 幅も54cm アウトラインを切り出してテイクダウンをしたら その大きさに圧倒され強いロッカーにも苦労してシェイプをした。黄色のティントに少し白のピグメントを入れラミネートをして完成。なかなか良い出来になった。


2013/01/23

オリジナルのミッシェル・ジュノーの10インチのDフィンを入荷した。初期の頃よりレイクが多くなった。ハミルトンのDフィンのコピーは初期の物なので比べるとだいぶ違う。性能はあまり変わらないと思うが微妙にターンがしやすいだろう。 このスタイルは9フィートから10フィートくらいまでのロングボードには最適で取り付けた感じもスタイリッシュでカッコいい。フィンの選択に迷ったら是非お勧めの一本です。どーぞおためしあれ。

 

マイボード

2013/1/11

先日 店の中で探し物をしていたら資料の中から一枚のDVDが出てきた。何だろうとタイトルは分からないがサーフィンの物には違いないと思い早速見てみた。それはスキップフライのサーフィンだった。ポイントは多分カルフォルニアだろう。波も3~4フィートくらいの良いショアーブレイクだった。その波を見事にトリミングでボードをコントロールしていくスキップが映っていた。ボードはスリーストリンガー長さはおそらくイーグルモデルの11フィートくらいだろう。彼は白人にしては小柄だからボードがすごく長く見えたがその長いボードをウォーキングやノーズライドなどホットドックなテクニックなし ただトリミングだけでキレイに優雅にサーフィンしていた。そこで私は「アッ これだ」と思った。今年からサーフィンを復帰するのにどんな板が良いだろうと考えていたところだった。20年程前にハミルトンにスキップのイーグルモデルの10'8"と11'のボードが入荷してきた。とても美しいアウトラインでノーズからテールまでのカーブが最高でその長さと迫力に圧倒された。私は早速 自分のボードを頭に描いてみた。長さは10'8"くらい幅は23"厚さは3 1/2"でピンテール レールはハードなダウンレールでフォームはスリーストリンガー フィンはハーフムーンで行こう。そう決まると結構やる気になり ブランクスを発注しようと乗ってきた。製作が始まったらまたHPでお知らせするのでご期待下さい。


Happy new surf 2013!

2013/1/1

今年の目標はサーフィン復帰!

海で会いましょう。

 

鉋(かんな)

2012/12/26

今から20年前ミッキームニオスが来日した時 日本の大工さんが使う木のかんなが欲しいと言うので浅草の知り合いの刃物屋さんに連れて行った。ミッキーは大変興味をしめして2時間あまりかけて先台(かんなの木の部分)が丸いのをひとつと普通のかんなを購入した。値段が高いのにはビックリしていたが大変満足していた。僕がなんで日本のかんなを知っているのかと聞いたら デール・ベルジーがボードのストリンガーのトリムをする時に使用していると言う。昔アメリカにはトリム用の良い道具がなく ある日 当時(1950年代)カルフォルニアにはオレンヂ畑がたくさんあり その収穫したオレンヂを木箱に入れて出荷していた。その木箱を作っていたのが日本人の大工さんで 彼らが日本製のかんなを使っていたのだ。それを見たベルジーは知合いの日本人に頼んで日本製のかんなを手に入れシェイプしたボードのストリンガーをトリムしたら最高に使い勝手が良かったのでそれ以降ずっと日本のかんなを愛用していた。それを見たミッキーもかんなが欲しくなり買い求めたという事だ。もちろん私も日本製のかんなを愛用している。


ノーズライダー

2012/12/18

先日行なったサーフクリニック終了後 参加者同士がボードを交換して試乗し合っていた。その中で8'8"のグリーンのハイパーノーズライダーが人気だった。ボトムの2/3位のエリアに少し深めのコンケーブを入れテールにはチャンネルを入れたあのボードだ。HPを見て ご記憶の人もいると思う。コンケーブが大きいのでテイクオフのジャマにならずテールのチャンネルはスープの中で上手くテールに流れる水を処理していた。薄めのピンチレールなのでスピードも速く 何よりもノーズの方に体重を移動しないとボードが走らなくなるので容易にノーズライドが楽しめるのだ。欠点はボードの重量が軽いという事 ライディングを見ていると予想以上にエキセントリックな動きをしたのには驚いた。ライダーも中級以上の人が多かったので皆さんボードのポテンシャルを引き出すのが上手いという事もありましたが あらためて本格的なコンケーブを再認識しました。今後ボードを新調しようと考えている方にはお勧めのアイテムになるでしょう。さぁデビット・ヌイバになりきろう! 近々私はこのボードの9'4"~9'6"くらいでベビーウェイトのオリジナルに近いボードを製作するのでお楽しみに!

サイドパネル

2012/12/09

サーフボードの両サイドに小さなキズがたくさんあるボードにはサイドパネルで両側を塗ってしまうと全く新しいボードに仕上がる。1960年代中頃からカルフォルニアで中古ボードを売る時によく使われた方法だ。ディル・ベルジーが考えたテクニックだったと聞いた。サイドの色は白が多かったが他のカラーもいける。サーファーマガジンでこのパネルカラーを施してデッキにプライスが書かれたボードを若い時のハービー・フレッチャーがショートジョンを着て持っている写真があったがとてもかっこ良かった。ベルジーは新品のボードにもワザとこのサイドパネルカラーを入れて販売していてモデルもあった。皆さんのお気に入りのボードで両サイドにたくさん傷のあるボードは全く違ったフインキになるし費用も安くキレイになるので試してみると良い。

サーフクリニック

2012/11/28

先日25(日)に鵜原海岸でサーフクリニックを行ないました。40人くらい集まり 28名の人にクリニックを行ないましたが 皆さん私が思っていたより ずーっとレベルが上でビックリしました。初心者の人も中級者の人も皆 基礎がしっかりしていて驚きました。女性のサーファーのレベルの高さにも驚かせられました。ただ全体に言える事はテイクオフの時のパドルが悪いです。ゲッティングアウトの時と同様 波を捕まえようとしてボードがふらふらしているのです。テイクオフの時のパドルは両手で行なって下さい。これは基本中の基本なので必ずおぼえて実行して下さい。そしてもうひとつライディング中に身体に力が入ってしまって体がかたくなりバランスをくずしやすくなっています。波に乗ったら身体全体の力を抜いてリラックスするよう意識してみて下さい。もっともっと上達しますよ。

参加した皆さんがボードを交換して乗り比べていたのはとても楽しそうでした。次回は春にサーフミーティングを行なう予定なのでお楽しみに!

インザピンク

2012/11/21

巨匠テリー・マーチンが亡くなり ドナルド・タカヤマも亡くなった。サーフィンの世界もゆっくりだが世代交代が始まっている。D・Tとは直接話をした事はないが アメリカに行った時 カリフォルニアのマンハッタンビーチのピアーでサーフィンをしていたのを見た事がある。ノーズを攻める腰を低くしたハワイアンスタイルのサーフィンでさかんにノーズライディングをしていた。1973年の5月頃である。そして僕がこの店を始めた頃 湘南の友人が輸入したボードがたくさん入荷したので少し店に置いてくれと電話があった。店を訪ねるとタウンカントリーやロコモーション(パットローソン)ハワイアンプロデザインなど 僕の店には似合わないハワイアンスタイルのロングボードだった。その友人に5本ほど頼むよと言われ 仕方なく9'4"のパットローソンと3本のハワイアンプロデザイン ディル・ドブソンモデル デビット・ヌイーバ そしてD・Tのモデルを選んだ。D・T以外はカルフォルニア風だったがD・Tの物は派手なショッキングピンクの9'2"のノーズライディングモデルで あまりにも派手で店に置けないので自分で乗る事にした。当時僕が使用していたボードのレンジは9'6"~10'だったので9'2"はえらく短く感じたが なんとこれが大活躍。その頃僕はまだ現役で よくコンテストに参加していた。主に湘南だったので波も小さくパワーのないスモールサイズでのコンテストだった。だが このD・Tのボードが本当にスモールウェーブに良くフィットして乗りこなしやすかった。そのおかげで何回も良い成績を残し2回優勝もした。半年程使用して友人がとても欲しがったので譲ったが 後にインザピンクというモデルのプロトシェイプだった事が分かった。 

 

謹んでご冥福を祈ります。


チーク材

2012/11/15

フィンがチーク材で油が出てきてエアーが入り 何回もダメだし 時間はかかったが完成!ウッドの無地に一味 白のピグメントで3本のパネルラインを入れた。後は仕上げのクリアー ハミルトンピッグ完成間近 後日HPで完成品をお楽しみに

お嫁入り

2012/11/07

ついに僕のお気に入りのGUNボードがお嫁入りしました。初来店のお客様で一目で気に入ってくれました。いつまでも大切に可愛がってやって下さい。ありがとうございます。一緒におみえになった方は58歳 僕と歳も近いから話が合い 3人で久々に昔のサーファーやサーフショップ そしてベル・アイパーなんて なつかしい名前のハワイのオールドサーファーの話で とても盛り上がりました。本当に楽しいひと時でした。皆さんも ぜひ昔の事を聞きたかったり知りたかったら お店に遊びにきて下さいね。

サーフィンクリニックをやります。

2012/11/03

以前ブログでも紹介した 昔ミッキー・ムニオスと出川三千男氏と僕の三人で千葉でやったイベントです。内容は僕がビーチで皆さんのライディングを見て欠点を指摘したり質問を受けたりします。年齢性別問いません。ハミルトンに興味のある方も是非参加して下さい。気軽にコミニュケーションです!

 

What's new Check!


2012/11/02

僕がサーフィンを始めた頃のホームポイントは太東岬だった。何故か夏の朝と夕方には必ずキレイなブレイクがあった。当時自然のメカニズムなど考えもしなかった無知な僕はこれが普通だと思っていた。その頃の若いサーファーは我々くらいで大人の人達がとても多かった。地元の中年のおじさんに漁業組合の三人組 一宮の日本舞踊の師匠に茂原の高校の教師だとか日常の暮らしでは接点のない大人達と共通の趣味 サーフィンをしながら海の中で色々な事を教わった。とても楽しい思い出だ。最近でも彼らの地元に行くと「おい マサオ!」なんて声を掛けられて よーく見ると「あっ~!何だ」と見覚えのある顔だったりする。皆元気なじいさんで僕も老後に希望が湧いてくる。今でも海で若い人と大人の交流はあると思う。そのひとが一生付き合う人になったりするかもしれないのだ。……なんだかいいよね。

 

Attention please!

2012/10/26

新しいサーフボードを手に入れたら 時間のある方は一ヶ月くらい待ってから使用を始めて下さい。そうでない方はできるだけやさしく取り扱って下さい。ウォーキングや特にターンの時 軸足に力が入ってしまい その部分に力が加わります。そうするとフットマークができる原因になるのです。特に体重のある人や身体の大きい人は注意して下さい。その理由はラミネート時 クロスをレイヤードして次にホットコートを塗ります。その時にラミネートした部分が完全に乾ききっていません。工程上 次々と樹脂を重ねて塗るので 一番下のクロス部分が乾くまでに時間がかかるのです。特にボランクロスのダブルラミネートなどは注意が必要です。そして最近のフォームはセルが細かく弾力があって良いのですが その分強度の面では昔にくらべるとソフトです。フォームをオーダーすると硬く重いものも作れますが それでも昔ほどの硬さはありません。 なぜかと言うと 昔ボードが人に当たると大ケガをしたものでした。でも現在ではボードは少しダメージを受けますが人には それ程ダメージを与えない様にする為なのです。これは70年代中頃からクラークフォームが始めました。ボードを受け取って しばらくの間やさしく取り扱いながら 何回も海に行っていると水に反応して早く硬くなるという話もあります。(本当の所は 分かっていませんが)お客様に渡して 一年たった位に修理で入ってくると 見違えるほど硬くなっているものですよ。

マウイレディ

2012/10/02

マウイ島のラハイナにフロントストリートという町のメインストリートがあり その真ん中に「ラハイナ・ブロイラー」というレストランがあった。客席は海に突き出ていて真正面にラナイ島が見える最高のロケーション 値段は高いが流行っている観光客向けの店だった。そこから20分ほど フロントストリートを走ると「プアマナ」というサーフスポットがあり マウイ島には珍しく海底がサンドバーで あまり大きな波はクローズしてしまうが5~6フィート位のサイズまではとてもキレイなブレイクだった。僕も住んでいるラハイナのポンプから車で30分位なので よくサーフィンに行った。朝のうちは風が吹かないのでグラッシーな海で みごとなチューブを巻いて波がたっている事もよくあった。そこに当時40歳位の白人の女性がよくサーフィンをしていた。よく会うので顔見知りになって 昨日の朝の波は最高だったとか 最近は人が多くなったね なんて話をしていた。そのひとはいつもボロボロのオニール製のショートジョンをはいていて ボードも使い込んだゴードンスミス モダンマシーンの7’4”位だったと記憶している。ある日ビーチで着替えて帰る時 彼女の車を見たら フォードのグラントリノのステーションワゴンだった。僕はこんな車に着ている物もよいけれど あのウエット取り替えればいいのになんて思っていた。 そしてある日 日本から友人が来た時 「ラハイナ・ブロイラー」でディナーをご馳走してくれるというので出かけていき美味しい食事が終わりレジの所で友人が支払いをしていると レジの白人の女性が「ニコッ」と笑いかけてきた。よくプアマナで会う あのボロボロのショートジョンをいつも着ている女性だった。「ハーイ ボーイ今朝はいい波だったわよ。」「明日の朝は行ってみるよ。」と言って帰った。後日「ラハイナ・ブロイラー」で働いているボーイと知り合い 聞いてみると彼女はあの店のオーナーで古いショートジョンはベトナム戦争で亡くなった自分の夫の愛用していたものだったと どおりでぶかぶかな大きなサイズだったわけだ。そしてゴードンスミスのボードも夫のものだったらしい。彼女はマウイに来る前はサンタクルーズに住んでいて ご主人が亡くなって 二人とも好きだったマウイに越してきてレストランを始めたのだ。なんだか映画みたいないい話だったので時折思い出す。彼女は今頃なにしてるんだろう……秋ですね~。

 

良いもの

2012/09/21

永い間サーフボードを作る仕事をしていて 一番に考えるのは 良いものを作ろうという事だ。しかしいつも考えている事だがこれが大変難しい。作り手がいくら良い仕事をしても 使う側が満足しなければそれは良い作品であったとしても 良いボードとは言えない。私が感じるのは 使う側がとても良い すばらしいと思って初めて最高の良いボードと考える。シェイプ ラミネート 仕上げなど すべて完全だと思っていても 使う側の個人(私の場合カスタムオーダーなので)にフィットしなければダメなのだ。作り手が良いシェイプをして そのほかの仕事も完璧にこなしたとしても それは作品の物質としてのクオリティーであって 作り手側の思い入れである。 先日私のボードをオーダーされて 7月の初旬に納品したお客様から 「とても良いボードで大変満足している」と電話が入った。そして数日後 そのお客様から「今日は大きな波に初めてトライしたけど とてもスムーズにボードが反応してくれた とてもうれしいです。」と2回も電話をいただいた。こういう時は職人として本当に心の底から 「あー やってて良かった。」と思います。これこそが使い手と作り手が一緒になった時なんだと…。今後もこの様な事を 心に思い描いてサーフボード作りを続けて行きたいと思います。そしてもうひとつ このボードはココが悪い 良くなかったという意見も大切な事なので ぜひ私に正直に教えて下さい。多くのサーファーとの意見交換が必ず良いボードを生みだしていく事になるでしょう。


サイミン

2012/09/03

ハワイにいた頃 バイト先のホテルの上司に田坂さんという日系の女性がいた。その人がある日 今夜ラーメンを作るから食べに来なさいと言ってくれた。さっそくその夜 友人のフロイド佐藤と二人でご馳走になりに行った。ラーメンはとても美味しかったがチャーシューの代わりに大きなうすい肉が入っていて 食べてみるとロースとビーフだった。当時のハワイではチャーシューなど手に入らない 見た目に似ているからと入れたとの事だった。田坂さんが日本に行った時に初めてラーメンを食べたら チャーシューが入っていたので それを思い出し入れてくれたのだ。ハワイでもその頃ラーメンの事を「サイミン」と言う名で 街にそろそろ出回ってきていて ホノルルのマクドナルドでもメニューにあった。当時の味は「マズイ」の一言 コンソメスープの中に麺を入れたような味だ。 日本のラーメンの味を知っている僕には無理な味だった。 今 テレビを見ていたら ロースとビーフの特集がやっていたのでそういえばと思い出し書いてみた次第です。


 

ウォーカーフォーム

2012/08/18

ウォーカーフォームが手に入った。長さは10'2"ストリンガーは5/8"の硬いスプルスが入っている。多分15年前くらいのものだと思うハワード・ウォーカーのウォーカーフォームは1960年代クラークフォームと肩を並べるほど多くのサーフボードメーカーが使っていたが ショートボードが出現してからはモールが少なく だんだん見かけなくなった。80年代の初頭から再びロングボードのブランクスを細々と生産し始めた。ウォーカーフォームの一番の特徴はやはりセンターのカラーフォームを挟んだストリンガーだ。私も1995年位にはたくさんウォーカーのカラーフォームを使ってシェイプしていた。セルが硬く樹脂も染み込みやすいので品質としては優れていると思うし 私は好きだ が 2~3年前に生産を止めてしまった。USフォームにはない独特のフインキを持っているのにとても残念だ。


テリー・マーチン

2012/07/08

名人テリー・マーチンが亡くなった。生涯一万本以上のボードを削ったと思う。おそらくハンドシェイプでは世界一の数だ。 今から30年以上前にホビーのボードが欲しくて ちょうどマウイからカルフォルニアに行くチャンスがあり友人の紹介でホビーの会社に行った。まずホビー・アルターを紹介してもらい 「ボードが欲しい」と言ったら「OK 少し待っているとテリーが帰ってくる 今ランチタイムなんだ」と言われ 外で待っていた しばらく待っていると それらしい人達がワーゲンのバンに乗って帰ってきた。その中で大きなひげ面の男がテリーだった。そして彼らの後を付いていくと ホビー・オルターがテリーを呼び止めて 紹介してくれた。テリーにブランクスがストックしてある場所に連れて行かれ どんなスタイルが良いか この中からブランクスを選べと言われた。 僕は9'3"のスリーストリンガーを選びノーズの丸いコンケーブの入った 本格的なノーズライディングボードをオーダーした。何かスペシャルな注文はあるかと聞かれたので別にないと言ったら ニコッと笑って「5週間でマウイに送ってやる クリスマスのホノルアベイをこれで滑れるよ」と握手をしてくれた。それからしばらくして そのボードは届いたが 事情が変わり日本に帰る事になりボードを使わずに日本に持って帰ってきた。日本で始めて使ったのは千葉の新宮だった。2~3フィートのコンディションの良い波だった。ライド感は申し分なし 特にスムーズに動くロングボードはこれが一番だった。その後お店を始めたので 飾っておいて 時々使っていたが ある日神戸から来た熱烈なホビーファンに拝みたおされ 彼に譲った。今でも大切に使ってくれているらしい。因みにミッキー・ムニオスの妹さんはテリー・マーチンの奥さんである。だからミッキーとテリーは義兄弟という事だ。ミッキーもきっとがっかりしている事だろう。テリーありがとう 天国でもサーフィンができるらしいよ。


リシェイプ

2012/06/18

今回のリシェイプはロバート・オーガスト 10フィート スリーストリンガーが素材のかなり古いもので20年位前のモデルです。 チェックしたところデッキはそこそこの状態ですがボトムは小さなキズやハクリなど大変悪い状態でした。今までハクリして樹脂が入っている修理箇所はリシェイプが難しかったのですが 今回その樹脂の入った修理箇所を切り取り フォームを埋める事で今まで できなかったリシェイプが可能になりました。この方法でフォームを再生すると もう捨てるしかないと思われたオールドボードが再び形を変えて海へ戻れるのです。手間はかかりますが 私にとっては とてもやりがいのある仕事です。商売としたらオーダーを取る方がいい でも物を大切にするという気持ちと ボードへの愛着も大切にして欲しいと思う今日この頃である。

ひとがつくる

2012/06/15

私のシェイプするサーフボードはコンセプトははっきりしているけれど シェイプそのものは結構ラフだと思う。アウトラインやレール 形状などは もちろん大切なのだがレールの厚さは左右均等でないと思う。昔ミッキー・ムニオスにシェイプしたボードのレールの厚さの違いを指摘したところ 「そんな事はライディングには関係ない ライディングしている時はレールは片方しか使わないだろう?」と言われた。ボブ・オーレも同じ事を言っていた。要するにディティールに対する名人達のこだわりはこういう事なのだ。自由にボーディングするという事は神経質にならず全体のバランスが重要だと ロッカーやアウトライン全体のボードの厚さなどのバランスが大事だと教えてくれた。私は目からうろこが落ちた思いだった。それからはシェイプする時 この事を考えながらボードをシェイプすると なるほどすごく良いラインが出せるようになった。そうリラックスしてそのボードに自分が乗った時の事をイメージしていくと良いのだ。これはシェイプマシンではできない事 ひとが使う道具はひとが作らなければ その感覚がオーダーしたお客さんに伝わらない。これからも僕は波に乗ったらふわふわと気持ちがよくなるボードを作り続けたい。

サーフビーグル

2012/06/11

最近はロングボードでも車の中に積む人が増えたが 僕はやはりルーフの上にキャリアーで積むのが好きだ。そこで どんな車がロングボードを積んだら似合うだろうと考えてみた。ハワイやカリフォルニアにいた頃は古い大きなアメ車のステーションワゴンやバンが多かったみたいだが日本車やワーゲン ビートルもたくさんあった、やはり特徴はほとんどのサーファーの車はぼろい 必ずどこかさびていたり 穴があいていた。当時それらがステータスだったのだ。日本に帰ってきた時サーファーの車がきれいだったのを少し不思議に感じた。ちょうどその頃日本ではハイエースなどのワンボックスカーにイラストなどペインティングするのが流行っていた。横須賀辺りの兵隊がきたないワンボックスに絵を描いたりして乗っていたのが元祖らしい。話を戻して 僕が一番ロングボードを積んで似合うと思うのはワーゲンのデリバリーが最高だと思う。年式は1970年代頃の古いやつがいい 僕も1968年頃はデリバンに乗っていた。当時としてはかなりアメリカっぽいので注目され すぐにTEDや鎌倉の出川氏らが乗りだした。ロングボードをキャリアーに積む時 ノーズは前向きにして ハードケースなどには入れないで むき出しで積んでほしい。ワイルドだぜぇ~

行ってきました「フィッシュフライフェスティバル」

2012/05/28

静波海岸で26(土)に開催された「フィッシュ フライ フェスティバル」 想像していたよりも人出が多く驚きました。初めての参加でしたが 大変おもしろく 勉強になった事がたくさんありました。とにかく出展者がマニアを通り越して変態ばかりなので 僕も大変いごごちがよかった。そして中にはサーフボードの概念を打ち破るような物もあり 僕自身 自分の中の壁を越えられたような気がして ボードメイキングがますます楽しくなりそうです。 今回僕が撮った写真にコメントを付けて紹介しているので是非チェックしてみて下さい。「FISHFRY JAPAN 2012」チェック!!

 


モダンサーフィング

2012/05/24

昔のロングボードのDVDを見ていると 明らかに普通のサーファーとは違うモダンなスライドを見かける。ターンの位置やカットバックの角度 波のトップを走るスピードやウォーキングがとても鋭く でもなめらか動きだ。 他の上手なサーファーとは見ているとはっきり違いがわかる。中でもビル・ハミルトンやミジェット・フェラーリーが特に良い 何故かあのロングボード全盛の時代に ビルやミジェットが出てきたか それは彼らは当時から現在のようなショートボードのトラックを残して滑っていたからだろう。ライディングスタイルはオーソドックスだけどトラックがすごく鋭かった。他にジョニー・フェインが60年代中頃にホノルアベイで10フィートのボードを板の半分以上が波の上に出るような すごいリッピングをしている。それはまさに現在のショートボードのリッピングの角度だった。マイク・ヒンソンやホビー・フレッチャーの若い頃も最高だが 彼らは当時のロングボーディングのお手本でビル・ハミルトンやナット・ヤングのような新しさは僕には感じられなかった。皆さんも古いボーディングのDVDなどを見て その辺の違いを見つけてみると良いでしょう。古さの中から必ず新しいものが見えてくるはずです。

 


ラッキーな体験

2012/05/15

1993年の9月に千葉の御宿海岸でM.M(ミッキームニオス)サーフクリニックというイベントをやった。これはM.Mがサーフィンを教えるのではなく 参加者のライディングを見て その人の悪い所を一人ずつ教えてアドバイスをしてくれるというものだから スクールと言わずにクリニックというタイトルにしたのだ。アドバイザーはM.Mの他に出川三千男氏と私も参加した。広告も打たずに店に来たお客さんに口伝いで約20人程集めたと覚えている。大変好評だったので後日 鎌倉でも行なった。今考えてみれば大変貴重なイベントだった。なにしろ あの神様M.Mが直接アドバイスしてくれたのだから 現在ではとても考えられない事だ。参加者は皆 当日配ったサーフクリニックの赤いTシャツにM.Mのサインをもらい 写真を2ショットで撮ったりと とても満足してくれた。機会があれば またいつかやってみたい。そして当日このイベントの手伝いを若き日のデビット木下が私や出川氏に怒られながら大きな身体を右往左往していたのも忘れられない。

 


広い心でサーフィンを

2012/05/09

暖かくなり多くのサーファーが海へ向かいだす。 そうすると毎度の事 いやな話が耳に入ってくる。それはサーファー同士のケンカ やれ前乗りだとか ロングはジャマなどと とんでもない低次元の話である。一週間働いて 週末に海へ行き 色々な束縛から解放され 楽しもうと思った時 チョッとしたボードの接触など本当につまらない事で 海の中での関係を悪くしている。もちろん昔だって 板をぶつけたり前乗りやショルダーから乗ってきて トラブルはあったが 今ほど陰険ではなかった。たとえばボードをぶつけたら「ごめんなさい」とすぐにあやまり(どちらが悪いなんて事はない どちらも悪いんです)自分のボードは自分で直した。こうやって自分のボードを修理するのもサーフィンなんだと 先輩が教えてくれた。もちろんケガをさせたら お互いに納得いく対処をしたもんだ。とにかく大らかな気持ちでサーフィンをして欲しい。ボードを壊すのがいやだったら 誰もいない海で一人でやった方がよい。人と同じ事を同じ場所でやるんだから しょうがないことなんだ。それよりも海に入る前によくポイントを観察する。危なそうな人をチェックして その人には近寄らない等 頭を使ってサーフィンしよう。ちなみにサーフィンの上手な人ほど文句を言わないもんだ。 

皆さんワックスつけすぎ

2012/05/01

最近 修理に入ってくるボードで気が付いた事がある。それは皆さんボードにワックスを塗りすぎ 特にビギナーの人には多い。ボードワックスを塗りすぎるとかえってスリップしやすくなります。それはワックスにはパラフィンの他に香料やその他の添加物が入っていますが 主成分のパラフィンは溶けやすく 香料などの添加物だけが残ってしまい ボードが真っ黒になってしまうのです。こうなるとボードの上はヌルヌルのツルツルです。現在デッキがワックスで黒くなってしまっていたら 全部はがして 今度は海に入る直前に一回だけワックスを塗ると良いでしょう。とにかく海に入るたびにワックスを塗らなくても充分グリップします。要はボードがきたなくなったらワックスをはがして下さい。はがしてそのまま海に入っても充分にグリップしますよ。

 


シェイピングマシーン

2012/04/16

皆さんはシェイピングマシーンという言葉を聞いた事があると思いますが そうです。手でボードを削るのではなく 機械でボードをシェイプするツールです。最近は3Dなどを採用してハンドシェイプより正確に削れるようになり 現在はハンドシェイプよりマシーンの方が普及しているようです。このマシーンは40年位前に始めてお目見えしたもので 当時のものは ただアウトラインのテイクダウンと厚さ位しかできませんでした。でも当時にしてはセンセーショナルな事で私も19歳の時 TEDの千住の工場で見た時は「スゲーなぁ」と思いました。 その後サーファーマガジンで ドルゥ・カピオンが「シェイピングマシーンにはソウルがない」という記事を書いて このブームに一石を投じました。あれから40年以上 現在のマシンは もう完璧なボードを削りだすようになり 私も実際資料を取寄せたりしました。ただし問題もあります。価格です。アメリカ製のボード等ハンドシェイプと変わらない価格で販売している所もあります。こういった売る側の姿勢がボードの質を混乱させるのです。マシンのボードはそれなりの価格を決めてハンドシェイプのボードとの格差をつけ 質の向上を目指すのが良い方向だと私は思います。最後に私の意見ですがマシンで削ったボードは製品 ハンドシェイプのボードはシェイパーが乗る人がどんな波乗りをするのか考えて 心を入れて削るので作品だという事です。 そして選択はサーファーの皆さんです。


サーフボードあれこれ

2012/04/12

現在サーフボードスタイルも多様化してきた。ロングボードだけに限定して話をする。今のロングにはクラシック系 マニューバー系 オルタネイティブ系など おおざっぱに分けるとこんな感じだ。マニューバー系は少しコンケーブが入り サイドスタビライザーが付いた うすくて軽いサーフボード 現在この手のボードが一番市場に出ていると思う。昔は無かったカテゴリーだ。要するにSターンやリッピングなどをロングボードでもできるというのが特徴。オルタネイティブ系は最近注目され始めた。60年代からあったコンセプトでボブ・シモンズやハンス・ニューマン ミランドン兄弟などサンディエゴ辺りで 一部盛り上がったものの 当時のメジャーメーカーには相手にされなかった。これはすごく面白いコンセプトでロングの良さを小さなボードに取り入れた斬新なものだ。だからライディングスタイルもスタンスを狭く ロングボードと同じようにライディングすればよいが なかなか難しい。最後はクラシックスタイルだがこれも50年代から70年代初期まで 色々なスタイルがある。特に私が好きなのは62年~70年くらいのロングボード黄金期のものだ。その頃は各メーカーが競って新しいモデルを出していて 毎回サーファーマガジンを見るのが楽しみだった。私はこの頃のサーフボードを目指して製作している。しかし重く動かないのが欠点と言う人がいるが実はこの欠点がロングボードの真髄なのだ。乗りやすいボードなんてつまらない。癖のある乗りにくいボードが好きで それを私は目指している。癖のあるボードに出会うと それがいつの間にかマジックボードになってしまう。だから私はマジックボードとはシェイパーの力もあるけれど本当はライダー自身が作っていくものだと思う。

 


2012/04/11

天気が良いのに誘われて 海岸へドライブ 御宿 マリブをチェックして 久々に会った友人と話をした後 花見がてら山へ入る。 養老渓谷駅に無料の足湯がありワクワクしながら入湯。やはり桜は山に咲いてるのが一番 一年のうちで一番山が美しく化粧していました。

ありがとう!

2012/03/31

この仕事を始めて 早いもので今年で28年目になる。たくさんのサーフボードを作ったり売ったりしてきた。最初の頃はストックを並べての販売が主だったが もちろんオーダーも受けていた。そのうちにだんだんオーダーの方が多くなり 当時のクリエイター出川氏がストックを作る暇がなくなるほどカスタムメイドが売れてきた。そしていつの間にかオーダーが中心になり 時々出川氏が渡米した時に買い付けてきたベルジーやホビーそしてミッキームニオスが持ってきた彼のボードが店頭に並んだ 何しろ20数年前カリフォルニアのロングボードなど日本に入ってこなかったので飛ぶように売れていった。オーダー生産になってからは本当に色々なボードを作らせてもらった。ロングボードやファンボードはお手の物だがフィッシュやオルタネイティブ系シモンズなどのシェイプは楽しいけれど自分の経験のないサイズ4’7”~5’10”のボードなど苦労した。資料を探し 中にはプロトタイプをシェイプして 店に来るお客さんにテストライドをお願いして勉強していった。新しい物っていうのは 本当に自分の仕事を向上させてくれる。そしてその中から新しいアイデアをクラシックなロングボードに取り入れたりしている。今まで本当にたくさんのお客さんに色々なボードを作らせてもらい感謝しています。マニアの皆さんこれからも変態でいて下さい。それが正しいサーファーの心がけです。よろしくお願いしますよ!

コンケーブ

2012/03/21

サーフボード特にロングボードのオプションにノーズコンケーブがある。ご存知のようにボトムのノーズ部分がたて 70cm 横50cm位に小判型にへこんでいるシェイプをしたものである。1960年代初期に ジョイ・キャベルとミッキー・ムニオスが考案したノーズライドをしやすいようにノーズのボトム部分をへこませてそこにハイドロプレーンを起こしノーズが浮いてくるという理屈だ。このコンケーブが日本人は好きなようで輸入品のボードを見ると8割くらいコンケーブがフィチャーされている。中にはピンラインだけコンケーブラインが入って 実際にはコンケーブが無いなんてボードもある。このようなボードが好まれるのはノーズライディングがハイテクニックの中心となった事があると思う。最近のロングボーダーを見ているとノーズライディングが人気があるようで みんなノーズを目指してがんばっている。しかしロングボードの本当のテクニックの見せ場はボトムターンとカットバック それに きれいなプルアウトだ。ターンとカットバックは最も個性の出るテクニックで色々なスタイルがある。昔のDVDなどを見て研究するとよい。特にエンドレスサマーの中でのヒンソンとオーガストは最高に良い ぜひ観て下さい。最後はプルアウト これはライディングを終えるラストのテクニック 美しく終わりたい。こちらも同様 ヒンソンとオーガストを参考に練習して下さい。日本で一番美しいプルアウトは出川三千男氏だと思う。

 

 

サーフィンを始める前に

2012/03/16

サーフィンを始めようとする人に大切なのは まず波に乗る事より ワックスをどうしてレールやノーズまで塗るのかや 車の屋根にボードを積む時の注意 風の強い時ボードをどう持ったらいいかなど 海に入る前に知らなければ ならない事を教えるのが大切だと考えている。海に入って波に乗る事など少しコツを教えればよい事だ。海に入る前の陸上での取り回しになれたら 今度はひたすらパドリングする事 これでボードと自分と海になれる事を覚える。三位一体になれば波に乗ること(テイクオフ)なんか容易にできるようになる。波に乗れるようになったら今度は落ちないように できるだけ長く乗っている事を練習する。そして余裕がでてきたら 次のステップにターンやトリミングなど覚えていくと良い。そう あせらず時間をかけて楽しむ事だ。  

サーフィン

2012/03/11

サーフィンをしなくなってもう3年以上たつ 色々な理由がありしなかったのだが 今年は暖かくなったら また始めようと思う。やはりサーフィンとは僕の中で生きがいだという事が分かった。体力などはともかく精神的な影響は大変だ。とにかくストレスが発散できないし 考えている事や生き方にも それが出てくる。いわいるマイナス思考だ。自分の好きな趣味や楽しみが仕事になってしまうと 自分のやりたい事とやらなくてはいけない事で矛盾して悩んだ事も多かった。でもある日こう考えた。僕にとってサーフィンは仕事でも楽しみでもいい ようするにサーフィンが好きだ 海に行ったら何も考えず ただ波に乗り楽しむ事だ そうすると帰りはスッキリしている自分が何回もあった。ストレスの壁をぶち破った時だ。やはり自然の力の大きさに助けられる自分を見つけて海やサーフィンのすばらしさを感じる。色々な悩みや問題を抱えて毎日を過ごしている人も多いと思う。そんな時海へ行って 波なんか無くてもいい思いっきり遠くまでパドリングして行ったり とにかく海の中で暴れて下さい。大自然の中へ自分のストレスを吸い取ってもらい新しいエネルギーをもらってくるとよい。もうじき暖かくなります。楽しいシーズンがやってくると考えて下さい。少しホッとしますよ。

サーフナーツ

2012/03/08

サーフナーツって知ってますか?日本語でサーフィンダコというものです。何かというとニーパドルして足の甲とかヒザにタコができてしまうのです。昔アメリカではサーファーの勲章でした。今日本でもニーパドルをするサーファーがいますがボードの素材がソフトになったので あまりタコはできないようです。その代わりにボードがへこんでしまいます。昔のボードはそれこそ重くて硬く まるでコンクリートのようでしたので人間の足の方が負けてしました。最初の内はニーパドルが痛くてできなくなるほどなのに だんだんとタコになってくると平気で座れるようになり そしてだんだんとタコは大きくなっていくのです。靴を履くと足の甲がすぐに痛くなってしまい大変でした。ヒザの場合は正座ができなくなり 法事などのフォーマルな集まりに あぐらをかいては父に怒られたものです。僕の足はまだしっかりタコが住み着いているが昔より小さくなって何だかさびしい気もする。サーフィングッズみたいなものなのだ。

 

ウエストコーストサーフボード

2012/03/05

前回のブログの中で名前だけ紹介したが 1968年頃に確か茅ヶ崎だったと思うがウエストコーストというサーフボードメーカーがあった。シェイパーは鈴木三平氏という僕より少し年上のサーフィンの上手な人だった。もうその頃はロングからトランジットボードに移行が始まり 大きなメーカーも小さなメーカーも220~250cm位のボードを競って発売していた。その中でも僕が印象に残っているのはウエストコースト スリーストリンガーは当時の日本では珍しく ファイバーでクロスはボランクロス フィンシステムはWAVE-SETを日本でいち早く採用していた。アウトラインもすっきりしていて テールはラウンドピンかラウンドテールが多かったと記憶している。特にバード(鳥)というモデルは最高のできだった。初めて「マイケル サーフショップ」で見た時は外国製だと思った。カラーを使ったモデルは少なく クリアーの仕上げは上品で風格さえ漂っていた。その他にも個性的な小さな工場がたくさんあった。鎌倉では出川氏や長沼氏が起こした 「キティ」 茅ヶ崎ではドン小西氏の「ドン」 小室氏の「マーボー」や西野氏が販売していた「E.T」 あの名シェーパー「アーニー田中」のサーフボードがあった。千葉には確か柏の方で入江氏の「ゲッティ」 興津で矢代氏の「by.YASHIRO」など皆カッコよかった。鈴木三平氏は1990年頃まで東京にあった「コックス」というメーカーでショートボードをシェイプしていた。ウェストコーストのボードを思い出すと 僕も誰かの記憶に残るボードを作りたいと心から思うのだ。

 

マイケルサーフショップ

2012/02/29

1960年代の終わり 確か1968年頃 東京の銀座のはずれ 今のJRの新橋に近い地下に静かなショッピングセンターがあった。お客は外国人観光客が多かった。免税店がたくさんあったからだ。その中にサーフショップがあった。店名は「マイケルサーフショップ」オーナーはマイク柳田というハーフのとっても格好いい人だった。半年くらい前に友人の所で30年ぶりくらいにマイクに会った。僕と同じくらいの年齢なのにいまだに締まった身体をして サーフィンも続けて モデルの仕事もしているという 良い年の取り方をしている人だなぁと うれしかった。当時の東京には私の知る限りサーフショップはTEDとDUCKしかなかったと思うが そんな時 開店した「マイケルサーフショップ」は本当にカッコ良かった。小さな店で店内には数本のサーフボード マリブやテッドにウェストコーストという僕の大好きなサーフボードもあった。鈴木三平氏という湘南のボードメーカーだ。その他 オーナーのマイクがハワイやカルフォルニアで買って来たハングテンのトランクスやホビー ゴードンスミスのTシャツ 新着のサーファーマガジンなど欲しいものばかりが揃っていた。今と違い外国の情報が殆どない時代 マイクが行ったハワイの波やサーファー サーフボードの話や8m/mで撮影してきたマカハやサンセットなどの映像もみせてくれた。僕は週に一回は友人達と通い 湘南の友人とも よくその店で会って波の情報を交換したりした。それから何年か後に区画整理か何かで残念ながらなくなってしまった。とにかくサーファーには居心地の良い素敵な場所だった。

マジックボード

2012/02/24

サーファーは皆さん乗りやすい マジックボードを欲しがります。当たり前の事だ。でもそれと出会うのは大変だ。どんな名シェーパーや人気のある有名ブランドのボードでも自分にフィットした好みでないとダメなものだ。私もお客さんにオーダーを受ける時 「乗りやすいボードをお願いしますね。」とよく言われる。さて 一体乗りやすいサーフボードとは何だろう? それはその人個人の好みのもので その人だけが使うものである。そこで私はお客さんから できるだけ多くの情報をもらい その人の今まで使ったボードのデーターや嫌いなポイントを教えてもらう たとえばノーズが細いのは嫌だ とか 軽くて幅の狭いボードはダメといった 反対側の情報を教えてもらう。それに基づいて その人にあったサーフボードのプランを考えてつくる。その人にとって良いサーフボードとは自分の思い入れが完成したものに入っていれば その人には良いものであろうと考えたからだ。よくある事だが海で自分のボードは最高だと思って人に貸して乗ってもらうと自分が思ったほど 良い評価が得られない。つまり自分には最高だが 他人にはフィットしていないのだ。その反対もよくある事です。とにかく多くの人が乗りやすい 最高とされるサーフボードは以外に少ないものだ。今現在乗っているボードが乗りやすく気に入っている いわいるマジックボードを持っている人はとてもラッキーだ。大切にして そのボードのデーターやフィーリングをしっかり身体で把握して次のボードの為に資料にするとよい。私の今まで経験してきたボードメイキングで 良いという結果に基づいて書くと まず一番重要なのがアウトラインです。レールだのエッヂだのと言う前に 一番大切なのはアウトライン!これがボードのスピード水の流れ動きなどのバランスに全て影響する。美しいアウトラインはまずノーズからテールまでの曲線に無理がない事。最近のマニューバー系のボードは極端でテールアップ30cmのところが33cm~36cm位だ。私は最低でも38cm以上の幅にする。そしてレールはソフトにやわらかく まるく ノーズもテールもエッヂをつけない。ロッカーはノーズは少なく テールは少しヒップアップしてあげる。それでロングボード独特のテールコントロールがスムーズに行なえるし初心者はウォーキングしなくてもジャストスタンディングのポジションで 容易にボードコントロールができる。少し慣れてきたら無理なくウォーキングができるようになる。その他長さや幅 厚さ 重さなどは個人の好みで決定すればよいのだ。以上のように自分の中にボード作りのマニュアルを持っていても難しい。後は注文した人の気持ちになってそのボードでサーフィンをしている時をイメージしながらシェープする。いずれにしてもマジックボードを作るのは大変だけどとても楽しい作業だ。これがあるから私はサーフボード作りがやめられない。好きなのだ。そして一生悩んでいくことだろう…。

 

スプレーワックス

2012/02/21

サーフボードには必ずワックスを塗ります。その昔1960年代にはスプレー式のボードワックスがあった。確か1967~8年頃だったと思うけどスリップチェックという商品名でアメリカで発売されていた。本当に簡単で ただボードに吹き付けるだけだった。日本でもアメリカに行ったサーファーが持帰り湘南辺りのお店で売っていたようだ。1967年にモーリーポープからブルーマシンというモデルのボードが発売された。 そのボードの最終仕上げの段階でスリップチェックが吹き付けられていた。ただしそのスプレーワックスは大変粒子が粗くウエットスーツがボロボロになったり 裸でパドルするとたちまち皮膚が真っ赤にすれて痛い目にあった。その後何回か改良されて だんだんとよくなって スリップチェックの他にコン(CON)サーフボードから コンコントロールという同質の製品が発売されていた。色はクリアーのほかにイエロー レッド グリーン等のカラーバリエーションも出ていた。これを使用しているサーファーは主にノーズ部分だけに色んな色を組み合わせて吹き付け 好みのボードに仕上げていた。そんなこんなで一時は流行したが 気が付けばなくなってしまったなぁ というお話でした。 

天才?!

2012/02/17

今から20年位前 千葉市内のはずれにお客さんの紹介で大工さんが使っていない小屋があるというので借りて工場にしていた。そこに出入していたK君という青年がいた。口数も少なく神経質そうな とてもデリケートな青年だった。サーフィンは本格的にはやった事がなく 友人達と夏に遊び程度のものだったらしい。ある時どんなきっかけだったか忘れたがK君がボードをシェープした事がある。たしか9フィート位のロングボードだった。ひと通りシェイプの手順を説明して2日位たった時 シェイプができたと連絡が入り チェックしに行った。彼がシェイプした板を見て腰を抜かしそうになった。ほぼ完璧だった。アウトラインもレールの削り出しも どこから見ても素人が始めて削ったものではない程 良くできていた。「すごいね!K君 本当に一人で削ったの?」と私は言った。すると彼は恥ずかしそうにうなずきながら「修理にきていたボードを触りながらシェイプした。」と答えた。その後ラミネートなど全て一人でやった。その仕事も見事だった。世の中にはこうゆうヤツもいるんだと 急に自分が情けなくなったりした。そしてもっと勉強しなきゃダメだと自分をはげました。彼はその後 数本のショートボードを削ったがやはり上手かった だが それっきりボードメイキングはしなかった。彼の友人に聞いたら小学生くらいから模型の船を作るのがバツグンに上手かったそうだ。現在彼は消息がわからない。何が彼の身に起こったかは分からないが あのままボードを削っていたら とんでもない名人になっていたかもしれない 人が生きていくって とても色々な事があって とてもおもしろいとなぁと時折その事を思い出してはK君の繊細な横顔が浮かんでくる。K君元気で生きてくれ!!

1984年のファンボード

2012/02/14

1984年 ここハミルトン開店時にストックとして置いていたファンボード。シェイパーは名人高橋太郎 白と黄色のダブルピンテールは樹脂ピンで ボックスは日本製のべスピンが外れないタイプの珍品です。28年ぶりに修理に里帰りした状態は使い込んであり そうとう痛んでいましたが ラインもくずれていなく さすが古いものは良いという事が改めて感じさせられたボードでした。ワンオーナーで永い間使用してくれたSさんありがとう。そして新しいオーナーになったOさん大切に使って下さいね。

固定かボックスか?

2012/02/13

ロングボーダーなら 必ず一度は迷う選択にフィンを固定にするかボックスにするかがある。個人的な好みになるが 私は固定フィンが好きで自分の使用するボードは固定フィンで作ってきた。 実際は店で売れているストックボードはボックスの方が多い。やはり海に行くときや 家での収納など取り回しが楽という事とフィンを交換して楽しめるという事だろう。 対して固定フィンは取り回しが大変なのだが ボトムにボックスのように余計な凹みやピンなどの突起物がないのでスムーズに水が流れ スピードのロスが少ない。なによりルックスは60’Sのフインキが出て 何とも言えない これが私の好きな理由だ。 しかし私の好みを押し付ける気もないのでここでひとつ宣伝 最近店では小さめのボックス用ハーフムーンを製作しているので興味のある方はチェックしにきて下さい。  

 

ロングボードのロッカー

サーフボードにはロッカーというそりがある。ノーズロッカー テールロッカーといわれるものだ。 古いロングボードの特に1960年代初期に作られたボードは殆どロッカーがない。テールもノーズも真っ直ぐな板のようだ 最近のオーダーの特徴のひとつにノーズロッカーの少ないボードを注文する人が増えた。いわいるノーズロッカーがゼロ(0)に近いフラットなボードを注文する人が多い。フラットなロッカーのボードは確かにスピードが出るしスープにも強い でもテイクオフが難しい パーリングをおこしやすいのだ。一度ノーズが波の中に入り そしてまた出てくるタイミングが難しい 慣れてくると良いのだが むつかしいので途中でイヤになる人が多い。 私も若い時 フラットロッカーのボードを愛用していた。 上記の他にノーズライディングにも適している。 ただ私は最近 ノーズロッカーが少しある 長さ9'8"位の板にはノーズロッカーが 4 1/2"(11.4) テールロッカーが 3 5/8"(9.2)位のロッカーのボードをお客さんにすすめている。これだとノーズのボトムロッカーは程よくありデッキのノーズロッカーは少なく見えるのでクラシックなスタイルには良いフインキのボードができる。実際乗ってみるとターンやテイクオフ パドルなどとても扱いやすいロッカーバランスなのだ。マニアの人はフラットでガチガチのオールドスタイルで 暖かくなったらメローなブレイクを優雅に楽しんでみるというのはいかがかなと思う。